numbnessandsuprise

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合宿免許





詳細克明に書いた合宿所での日記が削除されちまいましたので二度目。



富士山の裾野に広がる歴史あるこの桂自動車教習所は日本で始めて合宿免許を始めた教習所だそうで、年季の入った教官や地元のボランテイアらしき人々が多く働く、地元では活気の溢れる場所である。山梨県に到着したその日は早朝ー14度を記録、僕がいた2週間は断続的に雪と雨が降り続いて、気温も笑えないような体感温度であった。一部屋を3人で共同使用することになり、僕のルームメイトになったのは21歳の埼玉出身調理師のニヒル&クールな男の子とビートたけしのような出で立ちでワンカップ大関を飲み、煙草をふかす50代のおじさんだった。人見知りを存分に発揮した3人の会話は当初かなりぎこちなく、声も小さく、警戒しあっていたが、その日の食事を共にし、お酒を飲んだことによって距離が少しちじまった上に、おじさんがかなりの遊び人だと(そんな風貌ではないが・・)いう事が発覚。その変なおじさんと人生について語るも最終的に話の展開はいつもなぜか好きな女優だの、彼女いるの?などと陳腐な方向へ向かい、しめとしていつも僕らに「若いうちは遊んどきナ」を連発。しつこいぐらいに何度も連発。ある意味物凄いバイタリテイーの持ち主である。無論、いびきも豪快であった。

目の前にある富士山をゆっくり眺める時間もないほど、予想外に詰め込まれたスケジュールに戸惑いながらも日々を地味に淡々と過ごしていた。門限10時。消灯11時。冷えたご飯。せんべい布団。地元のヤンキー。コンビニまで徒歩30分、往復1時間という三拍子も四拍子も揃った夢のようなユートピアでの生活。周りの合宿生といえば、ほぼ高校生で僕はかなり年上であったので、初めは中々そのテンションについてゆくことができなかったが、数日経った頃から隣に住んでいた静岡県の高校生達がよく僕らの部屋に遊びに来るようになった。一人はボクサーになる為に4月から東京に出てくるというので、ボクサーの友達欲しい、と思い強引に仲良くなり東京で再開することを約束した。背は高いけれど、とても優しい子で、すこし天然でマイペースなので、世界チャンプになれるのかなあと思ったが、きっとこの子、才能ある。でも運転はだめみたい。

ルームメイトのおじさんは大型特殊免許を4日で取得。相当早く帰りたかったのか合格すると僕らにコーヒーを手渡し、「ありがとね。君達のお陰で合格できた。本当にありがとね。じゃね。」と言い放ってそそくさと部屋をあとにした。うーん、俺達なんにもしてねーよ、といいたかったが、そうか、たくさん話を聞いたからな、そういう意味ではしんどかったなあと残された二人で話をしながら、小さい猫背の背中を見送った。

教官の数は約40名。毎回違う教官と乗車することになっている。それはそれでいいのだけれど、みんな訛りがひどくて、何をいっているのかわからない教官が多い。たまに寝てたりするし、それと前の教官に教わったことをやると次の教官の時に怒られたりするので、もうなんだよ!どうしてほしい?!とストレスは一方通行。ハザードつけっぱなし。で、みんなに話したら、予想以上にその教官の話に共感してくれて多少やわらぐ。

7日目ぐらいに仮免許を取得。その日から路上での運転が始まったのであるが、その日はあいにくの大雨でサイドミラーもなにもかも見えん。これは危険。おじいちゃんでもはねてしまったらこれは大変なことだ。物凄い緊張感の中、手汗びっちょりで2時間も走行。だめだよ、教習生をこんな大雨で走らせちゃ。学科も5時間連続という拷問に近いスケジュールを入れられ、とてもつまらないビデオを見たりする。11日目に応急救護の講習を受けた。上半身のみの人体模型を使い、人工呼吸・心臓マッサージの練習などを実際の事故を想定して練習するのだけれど、これが意外にはずかしくて、「意識確認、もしもしー、大丈夫ですか!?すいませーん、119番お願いします!!。意識なし、人工呼吸」と言った後に「気道確保、循環のサインの確認、循環のサインなし、心臓マッサージ」等々はっきり力強く言わなくてはならなくて、目を泳がせながらなんとかその任務をこなした。となりの高校生が人工呼吸の際、息を吹き込むのを何を勘違いしたのか間違って吸い込んでしまい、「ッシュゴッ!!」というこの世の音ではないような怪音を放ち、あやうく吹き出してしまうところだった。この子、絶対ちょっとおかしいと思いながら横目で彼の応急処置を見ていると、心臓マッサージをしているのだが、そのマッサージが強すぎて、模型がばんばん床に叩きつけられている。だめだめだめだめ、それ逆に死んじゃう、と思いながらこれ以上見たらもう耐えられなくて爆笑してしまいそうなので、僕も目の前の模型に思いっきり人口呼吸をしてみた。

ここにきて一番の衝撃だったのは地元のヤンキー高校生達の振る舞いだった。部屋にいるとたまに、動物園の檻の中から聞こえるような雄叫びに似た奇声が聞こえてくるのだ。リーゼントにソリが入り、股関節を痛めそうなぐらいがに股で歩き、どこで売っているのか知りたくなるようなサンダルを履き、ほぼ全員セブンスターを吸っている。漫画から飛び出してきたとしか思えない。そのはっちゃけぶりは尋常ではなく、他人に対しては落ち着いて接しているのだけれど仲間同士の会話をふと耳にすると、多くの”死語”を使っているではないかぁ。放送禁止用語なので言及はできないが、これはある意味強力逆カルチャーショックであったのだ。そんな彼らは勿論風呂でもスピード違反である。彼らに法定速度などという概念はない。「ウッキョー、パラリラパラリラ」という造語を発しながら風呂に飛び込んでくる(実話)。ここの教習所唯一のとりえは小さな露天風呂があることで、こじんまりとしていて多くの人数は入れないものの洒落た感じの外装になっている。しかし、如何せん外の温度が急激に冷えると、お湯と蒸気が凍ってしまい、地面がツルツルになる。ツルツルになるということは、もうヤンキーもみんなもどんどんすべっちゃう。パーテイーみたいにポンポンすべっちゃう。僕は高校生達が豪快に転ぶのをどうにかして目撃したくて、体を洗いながらもこけるポイントだけはいつも横目で抑えていた。あっ、案の定ヤンキーの猛者達がやってきた。どうだろう、今日ぐらいはいくかあ?いっちゃうかあ?と思った瞬間、初めの一人が車輪のように転倒。危うく一回転してしまう勢いで転んでくれた。オッケーと思ったらそれを見て大爆笑していた友達のヤンキーも相次いで転倒。本当は指を指して大爆笑したかったが、こらえて、夜寝る前に思い出し笑い。

13日目、最短で卒業検定に合格。快適ではなかったにせよ、いざ離れるとなるとこんなところでも愛着というのはわくもので、ルームメイトとボクサー達に別れを告げて、山梨県を後にした。












18日

今更ながら自動車免許をアメリカで取っておけばよかったなあと今思ってしまっている。でもまあいいのさ、どうせなら雄大な富士山の麓で免許を取ろうという身勝手なテーマをたずさえ、合宿免許を予約。自分が後に高速道路を走る事など今の段階では考えられないけれどもいつかはとらなきゃいけないものだから、と言い聞かせる。多少、ビビッている。



19日

テレビというものはその中の全てが勝手に進んでくれるので脳を使わないですむ。なので、一日中テレビに支配された日はいみじくも眠くならない。



20日

海老名にて。今月とりためた6曲を軽く編集してデモアルバムを完成。でもぜんぜんだめだ、やっぱりもっとじっくりきっちりがっちりしっかりやらないとだめだ。夜から雪。ものすごく寒い。絶対壁のどこか穴空いてる。ワタシ、カゼヒキソウ。



21日

録音。スタジオ模様替え。艶のある雪。氷結。バイキング。富士山のDVDを大型プロジェクターで鑑賞、感激。角田光代の「東京ゲストハウス」を読み終える。焦って読んだせいか、あまり面白くなかった。読みたくなったらもう一度読もう。そして即座に吉本ばななの「ハゴロモ」を読み始める。とても面白い・・けれどなぜこんな女性作家ばかり読んでいるのだろう。なぜなら大江健三郎が読みたいのに、古本屋でも紀伊国屋でも中々見つからないから。そうか、ネットで購入という手もある。しかし未だにネットショッピングに抵抗があったりなんかして。



22日
町田のスタジオで朝9時半から練習。4時間。帰宅後、セッションを聞く、良い。生ドラムの音にやられる。夜実家へ帰宅。奇跡的にイブニングライナーに間に合い飛び乗る。寝る。乗る。着く。食う。そして寝る。













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1・17・ tuesday


今日一万円をくずしたくて、本屋にてリラックスを購入したら紙の素材から内容まで一転、全く変わってしまっていた。難しいね。変わるべきところとそうでないところの判断。親しんだ景色が整えられていってしまう感じ。少し悲しくなったので、ふっと目に入った「超バカの壁」もあわせてゲット。

今日内定先からパワーポイントでオリエンテーションの内容が40ページにわたって送られてきた。社員の方の説明を電話で聞きながら、おおっと、これは意外に大変そうだぞコノヤロー、HS研修やIT研修などその他課題は多岐にわたる。それはどうにかなるにしても、新しい人々にたくさん会うからなー、一からって感じだなあ。やるっきゃないなあぇぇぇ。週末からはまた神奈川県で部屋にこもり音を浴びる。絵を描く。詩を書く。

Linkにチャイナの友達を追加。









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1・12-16



12日

今更ながら年賀状っていいね。でも家に届く年賀状の宛名は祖父母と両親のばかり。大学でアメリカに移ってからは見事に一枚もこなくなった。小学生の頃はそれはそれは楽しみで、書くのも楽しくて、いやったぁ今年はこんなに来たぜ。俺友達多いぜ、と粋がっていたのも今では遠い昔。雪なげもしなくなった。今年の正月にいとこの小さい子と近所を散歩した時に、はしゃぐ2人を見て、子供は単なる散歩でも面白い事をあちらこちら探しながらなんでも楽しんでしまう力があるんだ、と思った。それは誰しもが持っていた素晴しい才能なはずなのに、今では2人のような威力を僕は持っていなくて、それは成長して失くしたものの一つだった。




13日

今更ながら飛行機って窮屈だね。5年間で10往復ぐらいしただろうか。ボストンまで約17時間、これは時間以上にきつながくるしい。一回も起きずに気がついたら成田だったぜ、なんていう人がたまにいるけれど、僕にとってそれは奇跡以外の何者でもないわけで、大変に羨ましいわけで。また上空一万メートルという、そんな高いところで、みんなして一斉にお食事するのも、冷静に考えると滑稽というか、なんかかわいらしいのだ。




14日

ニュースはどんどん生まれる。事件はどんどんおきる。テレビから流れる凶悪な事件のニュースを浴びるように見たせいか、恐ろしい夢を見た。幽霊とか妖怪の類いではないリアルな恐い夢。説明できない圧迫感。しかも恐ろしくて起きてしまったのが夜中の3時。これはだめ。ここらへんの時間帯は一番怖い。夜のど真ん中という気がして、怖い。静けさが神々しい。闇が毒々しい。真冬にかいた寝汗と手汗。でも朝にはすっきり忘れている。



15日

早朝から車で多摩へ。首都高を走る。首都高のグネグネした感じが良いね。道がせまいね。空気が汚いね。都庁でかいね。ビルでかいね。トンネルに入るとFMラジオが聞けなくなるのがいいね。とても良い天気。良い天気すぎて、車中はあづい。ピカーッという感じ。東京の景色を見ると毎回、人間って頭いいな、と思ってしまう。頑張ったな、とも思う。高い鉄塔のてっぺんで電線を繋ぐおじさんと目が合った気がした。東京は不思議な街。未だにビル郡の高さになれることができない。台場にあるミニ自由の女神像をなぜ造ったのか、未だに理解できない。



16日

NHK・教育テレビ・BSには良質な番組が多い。ハイビジョンは息を呑むような映像でアリをドキュメントしたりしてるからたまらない、最高だ。オーストラリアのアリは身体能力が極めて高いらしい。500㎎までもてるらしい。これは人間が五台の車を持ち上げるのに相当するらしい。一方民放はやはりどんちゃんしている。それと雑学ものが多いね。テロップと効果音が入り乱れCMまたぎ、中性的タレントが幅を利かす。でも東野圭吾原作白夜行のドラマは面白かった。子役が上手過ぎる。










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01・10・11 t-w



10日 一日中、録音
11日 一日中、録音


自分の中から出た音を重ねて、何度もとりなおして大きな音で聞いてみる、とある共通する癖があって、良いところと悪いところがある。イメージと違っていたりする。自分の音ではないような気がする。それがとても不思議な感覚で、驚く。で、そのテーマやフレーズが本当に完全なオリジナルなものなのかどうか疑問に思ったりする、なぜか気取ったり真似た音はわかるし、退屈であったりする。などなど音はそれ一つがとても繊細であることに気が付く。こんなに音楽をやれたのは初めてだった。3月までには完成させよう。








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01・07・08・09 weekend



7日 バンド練習
8日 バンド練習
9日 バンド練習








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01・06・friday



4月から仕事が始まる前に今までためた曲を録音し、CDにする事をまず今年の一番初めの目標とした。カワニシタカヒが‘鬼の子’となれと言っていた。全身全霊を賭けて我武者羅に無我夢中で一事を成す。集中力&精神力。あっ、アメリカから自転車が届いた。おりゃあ、早速のるぜいっと思ったが、組み立て方が分からないというお粗末な事態に直面。そして合宿で免許を取ろうと企て中。

みのもんた、手術成功フォー。









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体は全部知っている /2000
吉本ばなな

アロエは陽を受けて私に何か言いたそうににしているように思えた。とげとげした肉厚の歯を冬の空に高く広げ、重なりあいいくつもの赤くごつごつした花を奇妙に咲かせて、生きている喜びを伝えようとしていた。アロエの愛情に包まれて、私は陽の光の中であたためられているような気がした。そうか、こうやってつながりができていくのか、もうアロエは私にとってどこで見ても見る度にあたたかいものや優しいものにつながっていく。どのアロエも私には等しくあの夜に植え替えたアロエの友達だ。人間と変わらずに縁ができていく、こうしていろいろな植物と私はお互いに見つめあっていくのだ。、そう思った。祖母から私が受け継いだものは例え根拠のない迷信のようなものであっても確かに役立っていくその力、よく言われる「みどりのゆび」なのだった。この才能があれば植物はその生命をこの腕の中で存分に輝かせることができるはずだった。こうやってこの仕事についた人々と私もまた、つながっていくのだ。

生きていることには本当に意味がたくさんあって、星の数ほど、もうおぼえきれないほどの美しいシーンが私の魂を埋めつくしているのだが、生きていることに意味をもたせようとするなんて、そんな貧しくてみにくいことは、もう一生よそう、と思った。









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headband3.jpg kissofthedragon03.jpg

HERO
Kiss of the dragon

ジェットリーの目の強烈な力強さは正反対な切なさを内包し、人並みはずれたカンフーの速さ(本当に速い)は強さを内包する。カンフーを本当の意味で自然にメジャーにして、そして誰もが感動と驚きをもってその華麗さに気がつく。この二本の映画からはワイヤーアクションの陳腐さと嘘がなくて、暴力がやけに生々しく、それは必然的にそこで起こっている事のように見えて、とても悲しくうつる。が、映画の中の彼を突き動かす動機は必ずしも怒りという感情だけではないような気もしてくる。それは全てを格闘という手段で舞う、踊る、ような感覚。孤独であり、寡黙であり、そしてどこまでも純粋に強い人物を演じるのが上手い。彼の魅力を上手く説明できないし、きっとカンフーからは何も感じない人も多い。ただ彼の舞うような格闘は、何か秘めたもの、人間的な匂いをとても感じて、そのそれぞれのアクションが感情で彩られている。










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2006 01 03 tuesday



正月の昼に二階から外を眺めていたら遠くの方で竿竹ー竿竹ーと聞こえてきて、この大都会に竿竹買う人がいるかあと思いつつも、その拡声器の音は空に消えていって、カラスが飛び、犬がほえ、青が映え、草木は揺れる、成田は長閑である。遥か昔からそうである。そして日本は平和で、先進国である。・・・・・うむ、平和ボケに気をつけよう。

午前11時。京成線・都営新宿線・小田急線を乗り継ぎ海老名へ。3時間もかかってしまった。名古屋いけちゃう。どこもかしこも三が日で人の群だらけだ。電車賃だけでもバカにならない国、ジパング。そして、午前0時頃までひたすらバンドの練習。習練。プラクテイッス。






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2006・01・02・monday





あけましておめでとうございます。
日本に帰国したので、これからデイリーで更新する必要がなくなりましたが、きっとやめないはずです。中身ゼロのブログですが、これで暇を潰してくれたらバッチグー。そして、ピープルinボストン、これからも寒さに負けずに頑張ってください。ありがとう。Keep in Touch。

忙しさにかまけて、こたつのせいで、歯痛のせいで、ここ数日何も書けず、本日2006年1月2日。年明けは日本中誰しもが決意を新たに、生命力強く始まるのでしょう。大切なのはこの時期に決めた目標、を忘れない事。重々分かっていても、難しいのです。そして箱根駅伝のランナーが全員年下であるという事実に驚愕。引き締まった体、獣のような眼孔。飛び散る汗。若いって素晴しい。いやはやしかし、日本が意外に寒いのにもびっくりだが、帰国後すぐに予約した歯医者で一時間も待たされたのにもびっくりだった。そして必要以上に誤るお医者。ごめんね、いたいね、ごめんね、いたいね、あれだけ短時間に何度も誤られると、語尾かっっと思って、ほんとうかぁぃ?と思ってしまう。その隣で狂喜乱舞・一心不乱に泣き叫び狂う子供の声。そこでも先生はごめんね、いたいね、ごめんね、いたいね、となだめている。どうやらここは少し変わった歯医者のようだ。最後にお医者に餅は食わねえほうがいいずらょと言われたが、祖父母・親戚と共に自宅庭にて餅をつく、こねる、ゆでる、やく、にる、食す。勢いで食べてしまった。正月に歯が痛いのは最悪と言わざるをえない。今この悪い流れを断ち切らないと今年中ひびいてしまいそうだ。しかし、片道切符で帰ってきて、もうアメリカには帰らないのに、まだ帰るような気持ちでいる。











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