numbnessandsuprise

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islaNd of gOd




今日は一日中強い風が吹いておりました。今日の風は強く紫色で、窓なんか開けていたら靴もポスターも小さな置物もなにもかもがふき飛んで行ってしまいそうなくらいに荒々しく、だけれどもその風が時折風向きを変えると、6畳一間の小さな部屋を見事につきぬける通り風となって、蒸し暑くじめじめした日中をいくらかでもまともにしてくれるのです。普段とまっているものが風によって動いて、動くことで全く違うものに見えたりすると、目の前に広がるなんでもない風景に生命が注がれたようで、なんとも嬉しく、その一瞬のそれだけで不思議な懐かしい気持ちにさせられるのであります。ときおり愛らしいカタチとなってそれは僕達の目の前に現れて、不自然に静かな昼さがりの時間を、弱々しくもかすかに照らすのです。夏という季節の、最もよいところは気持ちが解放されることです。なぜ解放されるかというと空が解放されるからです。風景が、空が近くなってなんだか飛び跳ねたいような心象へと変化してゆきます。強い風がふく日の夕方には、大きな空のある一部分に巨大な雲の列ができあがって、おどろくほどの色彩を放ち、僕達はこりずにその風景に圧倒されるのでした。夏の夜は孤独の種類もいつものそれと一線を画します。孤独には変わりないのだけれども、なんというか包まれている孤独とでもいうような、静かな佇まいです。夏はまた音楽の響きがよくなります。音楽は言葉をこえたその外側にあるものです。手にとれない語れないものです。目に見えないけれども確かに存在して確かに感じるものです。それは理由もなく意味すらももたない唯一つのものです。百鬼夜行、彼彼女の前でいとも簡単にカタチをかえるゴーストです。琴線にふれるとはこのことです。いずれ表現されるであろう最後の音楽は、今この時に既に誰かの右手の中にあって、少し暖かく小さなふくらみをもって、人々の手に届くのをまっているのです。そうか・・僕達はもともと音を通して世界を見ているんだな。音を介さなければ本当の世界は見えないのだ、と浮かんでなんだか嬉しい気持ちなります。音を奏で、奏で続けてそれを超えて初めて自分が何者であったのか、どこへ向かおうとしているのかがわかるような気がするのです。そう、7月のもう終わりの、朝6時の朝焼けと窓から通り抜ける風がなんとも形容しがたい心地よさで、ひゅるりと満ち満ちた肉体をさわり、またカラスの見える景色へと消えては溶け込み溶けては消えて、空色の大きな円を描いてその姿をくらましたっ。さらさらと葉は鳴きがらがらと道路の音はなり、さあ君よ、今日も明日のために歩こうと急かすのであった。それはもう背中から強く強く(少し嫉妬を含みながら)、希望に満ち満ちたドラム音を掻き毟る様に奏でながら、「彼」という有機体を必然的に動かすのであった。度々訪れるその感覚を、それでも彼はいやになることはなかった。不思議と流れる(意思を含んだ)運命に翻弄されながらも!強い強い一つの芯をもち、揺るがずたゆまずちびちびと(たまに涙は流れるのであるが)。どうにかこうにかして自分の「生活」を積み上げているのであった。幻覚のこの光景は、その姿を日々変化させて往々にして眼前とたちはだかるのであった。きがつくとただただその見たことも、これから見ることもないであろう一つの「嘘(又は逃避!臆病者!我儘者!空想!)」に圧倒され、10年程前から何一つ見る景色はかわっていないのであった。それでもどこかに近づいていると思いたかったのだ。深深深とした夜夜夜。シンシンシン。日本が眠りにつく頃にようやく君には今日始めての笑顔が生まれる。不機嫌な眉毛をひくひくとさせながら、とても居心地が悪そうですな。なぜ君はイライラするの。なぜ複雑にしてしまうの。近くにいる人をみると、案外簡単なことだったりするようなのです。色々な事は。すべての事は。ただ諦めというのもある程度は必要のようです(ここでいう諦めというのは、自覚という意味です。君にとって何が好ましく、何が好ましくないのかということです)。ギラギラギラギラ。サンサンサンサンとした太陽。夏は開放です。夏の匂ひが否応なしに飛び込んでくるのでそれで梅雨が明けたのを感じます。景色も開放されて地球が縦横にぎゅんとのびて、どこにいてもどこにでもいけそうなくらいカラダが軽くなるのを感じるのです。夏は水分の流れがいっそう活発になるので、ぴちゃぴちゃとした川の流れやスルスルとした時の流れが澄んだ生命の輝きを持ち始めます。だから夏は子供の季節です。ひまわりと同じくらい高貴で穏やかな笑顔を満面に浮かべて、これでもかと世界を走り回ります。泥だらけで鼻水をたらし、草原を掻き分けどこまでもどこまでも進んでいくのです。そしてそういう季節を敏感に、でも大胆に感じながら全身を使って反応するのです。風をあつめて、無限に飛び跳ねながら、有限の自分自身を放つのです。そのときはもうほとんどソラと一つになっているのです。一番大きな雲を右手の中につかんでどうしようもないくらい飛びたい気持ちを全身から解き放つのです。子供達はそこでは既に地球の一部です。そして世界に音が溢れている。聞くものによって七変化する「みゅーじっく」がとめどもなく流れている。皆自分を代弁してくれるものを探すのだ。そのほうが自分で作るより手っ取り早いからだ。それだけだ。複雑微妙なこの僕等が曖昧なのだから、何をしても確信というものは得る事ができないのだ。「そう、いつかはそれは君の手元から消えてなくなってしまうのだよ。だからいつまでもそこにあるものだなんて思っていてはだめなのだよ。」「ええ、わかっているわ。あなたもわたしも共に流れていつかはここにたっていたことも忘れてしまうくらいに、簡単に風になって星屑へと変わっていくのだわ。」「そうだ。それだけなのだ。ただ僕等にはそういう事実がまっているだけなのだ。曖昧な世界の唯一つの確かな事実なのだ。」黒い糸の螺旋が胸のちょうど真ん中でうねってよじれる。それをなんとかときほぐそうとするのだけれど、どうしても途中で堪忍ならんくなる。それはなんなのであろうか、孤独であろうか、創作であろうか、会話であろうか、無関心であろうか、猿芝居であろうか、悶々とした欲望であろうか、自ら選ぶ事をやめた運命であろうか。悪しからずそれを知っているのはこのからだだけなのであろう。そうに違いないのだ。

22歳の夏に一人訪れた沖縄の小さな離島、渡名喜(となき)島。今日その島の風景がテレビから流れていた。年に1度行われる島の水中大会の様子が放送されていて、偶然それを目にした途端に僕は、一瞬にして3年前のあの夏にタイムスリップした。きっかけはなりゆきだ。沖縄本島にある一泊980円の小さな民宿に泊まることになった僕は、そこである一人の男と出会った。29歳の福岡出身、自称米屋のせがれの吉田くん。横長の小さな和室に、2段ベットが5列に並んだ10人部屋の、僕の下に寝ていたその人は、実家を継ぐのかどうかで父親と大喧嘩をしてそのまま家を飛び出し、行く先も決めずぶらりぶらりと放浪の旅をしているのだといっていた。彼は大酒のみの女ったらしで、一緒に街を歩くと手当たり次第に声をかけては罵声を浴びせられていたのを思い出す。不思議な人であった。背がひょろりと高くて肩幅が広く、ぼそぼそと喋る。九州男児の彫り深い顔を惜しみなくつきだし、また短く刈り上げた後頭部がやけに印象的であった。どんちゃん騒ぎが大の得意で、すぐに大口を嘯くご陽気ものだったけれども、たまに見せるしずんだ顔がなんともあどけなく、いいがたい哀愁をさらすものだから、周りにいた人間はよく調子を狂わされたものであった。彼は出会ったその日にこう言った。

「神の島にいかないかい?」

渡名喜島。那覇市から北西に約60km、久米島と栗国島のほぼ中間に位置する有人の島。面積3.74km、総人口478人。渡名喜島はまさに「神の島」という風情と佇まいを持って、ボクらを出迎えた。最小限の情報と文明だけを抱えて、堂々とした風景を見せつけてきた。島に信号機は一つだけ。食料も週に一度フェリーで運ばれてくるという状況であったので、煙草一つ買うのも大変な苦労であった。小さな、何もない島だと聞かされていたが、全くそんなことはなかった。実際に島に降り立つと海辺のすぐ横にはいくつもの山々が立ちはだかっていて、それが幻想的な陰を作り出している。音が溢れている。光と陰が交錯している。全体がひとつの流れとなって動いているかのよう。緑色がキラキラした陽の光に照らされて映える。木漏れ日が浜辺に打ち上げられた壊れた小舟を揺らしている。セミの鳴き声も太くて大きい気がした。大自然とは遠くから眺める、もしくは展示品を見るように傍観する、のが常であるが、ここは違う。もうずっと自然が肌に触れているような、頭のすぐ上から降り注いできそうな山の森が、静寂のままそこにあった。島一周は歩いても2時間から3時間程度だと吉田くんは言った。けれど僕らは歩かなかった。僕らを躊躇させたのは目の前の山々に覆われた島の反対側だった。向こう側の空には深い灰色の雨雲が覆っていて、龍が天空からおりてきて島の向こう側へ舞い降りてきそうな空。島の見えない部分に僕らは理由のない恐怖を感じた。 なんだか歩き出したら二度と戻ってはこられないような気がした。離島にいるときは、大地の上にたっているという感覚を鋭敏に感じざるおえなかった。それはむき出しにされている森林やどこまでも続く白く光る砂の道、流れる風の荒々しさや生々しい夏の匂いに、本来僕らという生命が共鳴して嬉しがっているかのようだった。大地が大きく呼吸するのを足の裏で感じる、そんな風だった。季節は確か7月の終わりごろだったと思う。島に着いたその日が偶然にも1年に一度開かれる「渡名喜まつり」であった。総人口478人が浜辺に一斉に集い、出店を飾る提灯をつけてまわり、ステージの照明のあかるさを暗くしたり明るくしたりし、少し遠くの対岸にある石組みの上では、花火師らしき男達が数名、花火の準備をしていた。島にあるほとんどの食糧をもってきたのではないかと思うぐらいにあたり一面は食糧に溢れ、会場はこじんまりとして小さく、村民が1部分に密集しているせいかその一体の空間がとても豪華に見えた。ところどころではもう泡盛をたらふく食らった中年の男達が阿波踊りをはじめ、意気揚々とそれにまざる幼い子供達は砂ほこりを上げてめちゃくちゃな動きをしている。汗だくになりながらも一向にへこたれないしわしわのおばあ達。なんなんだこのエネルギーは。ヴァイタリティとかいう生やさしいものではなかった。島のエネルギーを吸い取って自らのからだを媒介して力を放出しているような踊りだった。神々しい。長い時間村民は踊り続けた。島の民家をまわりながら、ときたま道路の上にたちどまっては踊り、人の家にはいっては踊り、まさに狂喜乱舞一心不乱とはこのことだ。徐々に顔の形相もけわしくなり、島のエネルギーをもらってなんとか踊り続けているようであった。時計は夜中の3時をさしていた・・・。世界はそれぞれの場所でそれぞれの様相を見せつつも、奥底では共通する意思をもった巨大な一つの生命体である。大地から生まれしエネルギーと太陽からふる無限の慈しみの光が降り注ぐ奇跡の惑星である。そしてそれに連なる生命の連鎖の線上にたつ僕達人間も、その風土と文化の中でそれぞれの意志を持ち各々の矛盾と疑問を抱えながら相対するものへの挑戦を続けているのだ。村民達がもつ最大の感受性は、「永遠なるもの」に対しての畏敬の念だ。最大の疑問にしてそれは一人の人間として避けることのできないモチベーションである。誰人も例外はあるまい。奇跡の惑星とリンクするその踊りは、呼応する空と吹き荒れるざぁざぁ雨に響いて、今も耳朶から離れることはない。



















































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