numbnessandsuprise

email me your comments to yusukedate@hotmail.com

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop


横尾忠則が隠居生活へ。
隠居生活と聞くと、一見創作活動をやめて温泉でもはいりながら、
優雅に老後を楽しんでいるかのように思われがちだが、
彼はむしろ今までよりも更に激しく、実験的に創作をつづけている。
それは少年性という彼自身の根源的な独創性の奪回でもあった。

今、かれは公開制作というパフォーマンスをとおして
ライフワークでもある「Y字路」をはじめとする作品を制作している。
彼が今後継続してつづけていく「公開制作」というスタイル、
パブリックでパフォーマンスをするペインティング(かれはこれをPPPとよんでいる)は、
彼が絵を描く行程を、数十人の観客がただひたすら同じ空間の中で共有し、鑑賞する。

絵を描く後ろから、無数の人々の想念や期待が彼の背中につきささるという。
その不思議な空間に放り出されると、「自我」がうすれて、手がすらすらうごく。
考えるという行為が極力へって、無意識なる力が彼の絵をぐいぐいすすめる。
考えた絵はどうもだめで、体がどんどん動く絵はやはり力強い。
それは、人間同士の、共通する感覚の共有であると思う。
自我が自然と薄れて、人間に流れるパブリックな感覚。

なにかを自分で「発見」すること。既にあるテーマにそって描くのではなく、
生命の中でみつけてかたちにする。「引用」ではなく「発見」。
絵を描く中でとても重要なこと。
そして一番むずかしいこと。

そして彼は、いままでの彼の全ての作品は「未完成」であるといった。
完成を焦ってはいけない。
わたしたちの日々の生活も未完成でながれていく。
常に色々なものが未完成で過ぎ去るのが常であるならば、
結論をあせる必要はない。これが彼の考え方。

感受性の共通性をみとめる。
観客とともに求めあう。

谷川俊太郎の文章にこんな一文がある。

・・・けれどこの海鳴りのようなものは、
地上に属している、いやもしかすると地獄から
聞こえてくるのかもしれません。だからこそそれは、
宇宙の真空の沈黙にまでつながっています。
その海鳴りのような魂のざわめきの中に1人のあなたがいます。
そして私もいます。詩の言葉は私の中から生まれるのではなく、
私を通って生まれてくるのです。
それは私の言葉ではありますが、
私だけの言葉ではなく、あなたのことばでもあるのです。
私にとってインスピレーションをもつとは、
見知らぬあなたの、言葉にならぬ魂のきしみに耳をすまそうとすること
だと言えるかもしれません。
自分にその能力があるかどうかを、絶え間なく疑いながらも。
(谷川俊太郎詩選集より)


地球の底から、「わたし」という体をとおってうまれてくる。
なんとも形容しがたい不思議で絶妙な表現。
芸術とは多くの人間のたましいのざわめきから生まれる、呼応する感情なのだろうか。











スポンサーサイト

PageTop

「趣味や個性の根はどこにあるのか考えろ。スタジオワークを嫌うな。」

「生身の皮膚感をもった作品には勝てない」

「11歳くらいにすきだったものにこだわって、その延長線上に仕事があれば、
いいところまでいける。技術論で手に入れたものは時代にふりまわされるだけで、
オリジナルにはならない。作り手が絶対に譲れないものが時代の壁を突破していける。」

「熱くなれ」














PageTop



ひとは縁によって別れたり出会ったりして
毎日、うまれては死んでいく
かわらないようにみえる日々の生活も


毎日、きみの細胞や思いは新しくなって
ずっとつづく道をあるいてる


世界はひろすぎて想像できない
だから想像するのはむかしから
きみやかれやかのじょのかお
でもそれも不確かであまりにあいまい
そしてそれはときにとても悲しい


そして きがつくと
今日もおおきく広がる朝をみる
なんのために?
だれのために?


ぼくは、
ぼくは
だれになにをあたえるでもなく
それでいて
あたえられることをのぞみ
まもられることをしらじらしく祈り
イライラした街に同化して


ひとりこの深い闇の箱にはいり
ひとり勝手に泣いたろう


悩みもがきつづけることのなかに
じつは一番大切なことがあるの?


ぼくらは地球という草原に
たわむれつづけるこども
理由なんかいらないんだから
だから うたう
ラララ ラララ


けつろん
目的はただひとつ
すべてのことは
ぼくらの「幸福」のために。
それだけのために
僕らはそれぞれの
仕事をするのだ


君のちからをあなどってはいけないよ。








 yusuke




PageTop


昨夜、HEADS主催のASUNA君レコ発パーティーの為、久々の渋谷o-nestへ。

ライブ自体ずっといけなかったから
予想以上に触発されたり、感動したり、心地よかったりで。
新たな創作へのバイタリティーを注入された気分です。

今回いくつかのバンドを見て、とても強く感じたこと
演奏の中に絶対的な感情とか意志みたいなものが強く強烈に
垣間見えないと
いくら技術があったり上手くても
全然こころが動かされないなぁと実感をしました。

そういう意味では
ASUNA君のライブは感情と温度が不器用でも
強烈に解き放たれていて
言い方は変ですが、心地よかった。

この人間味って体現するのは意外と難しい。
ライブは特にその人の熱(または無感情・ナンセンス)が
直接ステージ上で飛び散るのが醍醐味だから
どうしてもそういう荒いパフォーマンスや
神々しさみたいなものを観客はもとめてしまう。
僕もその1人として別世界の世界をのぞんだ。
でもステージの上の嘘は簡単に見破られる。

音楽が放つ振動の中には真実しかない。
本当の欲求。本当の感情。
でも演奏者は今日も自分を疑い、音楽に迷い、
世界のおわりを目指して
音楽をかなでていくのである。














PageTop
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。