numbnessandsuprise

email me your comments to yusukedate@hotmail.com

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

oto to en





音にはいろんな作用と力があると思う。小さな音の一つ一つはカタチと色をつけている、というか備わっている。その波長が綺麗に重なりあうと景色のようなカタチとか匂いに変化して、空気を飲み込むようなあたたかさとかやわらかさに変化していって、最後はどこまでも伸びて行く空間を作る。ただ、聞くという行為だけなのだけど、そこには多少なりとも能動性が必要で、音楽の場合、それは想像力になる。イマジネーション。これが一番大事だと思う。音を重ねていく作業、一度離れてまた破壊する作業、絵を描くことにとても似ている、直接的でもあって、幻想的で絵画的でもあるのに、現実で共鳴していく、不思議なもの。




本屋にいっても、CD屋にいってもこれほどまでにっ!というほどの量と種類がある。タイトルやら作者やら表紙やらジャケットやらを頼りに手にとって見てみる。直感で選んだり、雑誌とか、テレビとか、多少の情報とかで選ぶ。ただこうやって無数のチョイスから選び取って一冊や一枚を選ぶと、その手にしたものは偶然に手にした物ではない気がする。短い一生で出会わない書物や音楽の方が必ず多い訳で、それは人間どうしのつながりにもいえることなわけで。そうなってくると、物自体にも、服にしたって、メガネにしたって、もっと言えば土地や国、職業に至るまで、縁みたいなものって必ずあるのだな、と思う。昨日買った観葉植物のような、ふっと手に取ったものであっても、きっとある。オーケストラの人々を見る時もそんな風に思ったりする。無数にある楽器の中から例えばホルンに巡り会ったわけだし、トランペットを好きになったりするわけだし、誰がいつどこでなぜどうやって決めたのか。決まっていくのか、不思議である。こんなしょうもないことを思っていたり、する。






スポンサーサイト

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する
 

縁について

人には、「必要な時に必要なものが与えられる」。そして「人生に無駄なものはいっさいない」と私は信じています。それが「縁」というものなのかも。と文章を読んで思ったりしたり。

mariko | URL | 2006-03-14(Tue)03:22 [編集]


風強すぎて、家が小刻みに揺れてる気がするんですけど。。。

ベランダの植木鉢がぶっ飛びそうだから、
降ろしたんだけど、物が飛んできそうで
マジ怖かった。

列車事故以来、地震とか台風とか大きな音が
前より怖く感じるんですけど。。。

絶対PTSDだな これは


てい | URL | 2006-03-17(Fri)03:03 [編集]


marikoさん

必要な時に必要なものが現れた時に、それを見過ごさないで、自分で手にできるか、という能力がとても大事かなと僕は思っていて、それは個人の感受性の強さだったり、求道心の違いで例えば大切な出会いや瞬間を逃してしまうということもあるんではないかと。縁というのも、結局その個人にあった縁、高低浅深があるんではないかと思います。


てい君

メキシコ勝ったね。これはすごいことです。昨日の風は春一番か?花粉はさぞかし舞い散っていることでしょう。今日アドレス送りました。

yusuke | URL | 2006-03-17(Fri)19:25 [編集]


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。