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rain is calm



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Julie Doiron

少々の間、ごぶさたしておりました。みなさんは日々いかがお過ごしでしたでしょうか。ここ2週間ほど文章を書く時間がとれなくて、更新があいてしまいました。少し時間が空いたときでも、とてもパソコンをひらいて文章を書くという気持ちにはなれなかった。というのも勿論疲れてしまっているというのもありますが、その日に思いついたことやその日の出来事は、その日に書き記しておかないとすぐに忘れてしまって、すこしたってから思い出そうとしても中々思い出せないものです。

気がつけば、仕事を始めてもうすぐ2ヶ月が経とうとしています。はやいような気もするし、もう半年以上働いているような気もするのは、おそらく朝6時半におきて、夜の12時に帰宅する生活のせいでしょう。ただそれは別に単調な生活というものでもなくて、むしろ自分にとっては簡単な生活というものでもないのです。毎日新しいことへの遭遇と、情報の渦の中に放り込まれているような環境。ただ、仕事というのはとても地味で地道な作業の積み重ねで始めて成り立つ事、そして一人で生活していくということの難しさをあらためて知って、小さいながらもある責任をもって世の中の仕組みにはいっていく、仕組みをまわしていくということを”体験”しています。

人間というものはいやはや凄いもので、順応力があります。働き始めは毎朝6時半におきるなんてことは絶対無理だ、というかいやだと思っていましたが、これが不思議とできるようになっていく。当たり前のことなのかもしれないけれど、僕にとってはとても驚くべきある種の成長でもあります。予想以上に、楽しく働けています。それは、仕事の内容なんかよりも、周りで一緒に働く人々がなにより重要かなという感じがします。たくさんあるグループの中に、無差別に配属されたとしたら、僕はとても良い環境にいけたのではないかな。純粋にどの人も尊敬できているし、妥協せずに熱く生きている人達ばかりだなぁと感じるからです。ただ、やはり日本人は働き過ぎです。それは素晴らしいことでもある変わりに、同時に何かをなくしているようでもったいない気もします。しかし理想とは反対に、7月からは更に忙しくなります。これはほとんどシャレにならない状態になるでしょう。

現在はとくに月曜日から金曜日までがとてつもなくはやい。でもその分金曜日から日曜日までがとても有意義なものになります。働いている人のほとんどはそうでしょうが、いくら疲れていても土曜日ははやく起きたい。日曜日もはやくおきたい。どんなに時間がなくても時間への思いひとつで、生活は一変する。そういったメリハリが新鮮だったりします。

でもそういったなかでも確かに確認できたことは、音楽と映画を嫌いにならなかったこと。音と映像から離れなかったこと。いや、むしろ求める気持ちはどんどん強くなったこと。映画監督の黒沢清は人はその中に何種類かの自分自身を持っているといいます。仕事場での自分、一人での自分、家族といる時の自分、友達といる自分。どれをもって自分とするのかは、とても曖昧だし、わからない。でもそれはごく自然なことだと思うのです。げんに、音を欲して、例えば演奏している自分は、あきらかに他の自分とは違うと感じています。

映画「スクラップヘブン」の中でこんな台詞があります。
「もっと人々に想像力があったらさ、世の中はもっとよくなると思うんだよ。」

この台詞はいったい何を意味してるんだろうって長い間ずっと考えていました。ある種この世は想像力で成り立っているところがあります。いろんな人々のいろんな想像力を使って、生活が簡素化されて便利になったり、これでもかと試行錯誤し面白い事を生み出して文化を作る。でもこの台詞はそういう想像力とは別の想像力を指してるようなニュアンスがある。それは一体なんだろう。少し前に、友人の間で小さないざこざがありました。それはとても些細なことが原因であったのに、お互いの怒りがどんどん大きくなってとても大事になってしまったのです。その時に、パッとこの台詞が頭に出てきました。そう、単純にこれをしてしまったら、この後どうなるんだろうとか、もしかしたら、自分の意見は100%正しいのではないかもしれないとか、こうすればお互いに気持ちよく生活できるんじゃないかとか、そんなことを少しでも思えたなら、状況は一気にかわったりします。それはとても小さなことだけれど、大きなことなのです。そのいざこざも、少しの思いやりだったり、相手の立場にたって考えたりということがなかった。

最近、ぜんぜんレビューを書いていなかったので、今日はジュリードワロン(写真上)のアルバム「Will You Still Love Me?」を紹介。カナダ出身のシンガーソングライターで1990年代から作曲を開始。彼女の曲は驚くほどの静寂だ。彼女の声とギターのみで構成された曲ばかりで、そのほとんどが空白だらけの曲。この曲をかけるたびに、時間がとまってしまうように感じて、なぜだかはわからないけれど、その空白がそうさせているような気もする。ギターと声と空白、空白=無音がもうひとつの楽器のように使われている気がしてならない。そこに張りつめた、凝縮された彼女の感情が爆発している。ほとんど空気のような見えないものでこの人の曲は支配されている。そして何度聞いてもはじめて聞いたような新鮮な体験がそこにはいつもある。







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コメント


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「もっと人々に想像力があったらさ、世の中はもっとよくなると思うんだよ。」
それはとても小さなことだけれど、大きなこと。

私もそう思います。
「世の中」とは、一人一人のもの。だとも。


「Will You Still Love Me?」。
Do you じゃなくて、will youなんだね。

静寂。空白。
感情は、そこのみに存在するのだと思います。
文章ではなく行間に。五線譜の外に。
フェルマータの中に。音がはじまる前に。

mariko | URL | 2006-06-26(Mon)12:40 [編集]


Marikoさん

高校の時にある先生に、「音楽はそれが終了した5秒後までがその音楽の一部である。」といわれたことを覚えています。

Perfect 5 Second Calm After Music Finished

音がなくなったその瞬間に音楽は終わってしまうのではなくて、むしろその後の静寂にその音の残響みたいなものと、全体のテーマが凝縮されているよって、その人はいいたかったのだろうか。僕はそう考えています。

yusuke | URL | 2006-06-29(Thu)08:46 [編集]


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