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横尾忠則が隠居生活へ。
隠居生活と聞くと、一見創作活動をやめて温泉でもはいりながら、
優雅に老後を楽しんでいるかのように思われがちだが、
彼はむしろ今までよりも更に激しく、実験的に創作をつづけている。
それは少年性という彼自身の根源的な独創性の奪回でもあった。

今、かれは公開制作というパフォーマンスをとおして
ライフワークでもある「Y字路」をはじめとする作品を制作している。
彼が今後継続してつづけていく「公開制作」というスタイル、
パブリックでパフォーマンスをするペインティング(かれはこれをPPPとよんでいる)は、
彼が絵を描く行程を、数十人の観客がただひたすら同じ空間の中で共有し、鑑賞する。

絵を描く後ろから、無数の人々の想念や期待が彼の背中につきささるという。
その不思議な空間に放り出されると、「自我」がうすれて、手がすらすらうごく。
考えるという行為が極力へって、無意識なる力が彼の絵をぐいぐいすすめる。
考えた絵はどうもだめで、体がどんどん動く絵はやはり力強い。
それは、人間同士の、共通する感覚の共有であると思う。
自我が自然と薄れて、人間に流れるパブリックな感覚。

なにかを自分で「発見」すること。既にあるテーマにそって描くのではなく、
生命の中でみつけてかたちにする。「引用」ではなく「発見」。
絵を描く中でとても重要なこと。
そして一番むずかしいこと。

そして彼は、いままでの彼の全ての作品は「未完成」であるといった。
完成を焦ってはいけない。
わたしたちの日々の生活も未完成でながれていく。
常に色々なものが未完成で過ぎ去るのが常であるならば、
結論をあせる必要はない。これが彼の考え方。

感受性の共通性をみとめる。
観客とともに求めあう。

谷川俊太郎の文章にこんな一文がある。

・・・けれどこの海鳴りのようなものは、
地上に属している、いやもしかすると地獄から
聞こえてくるのかもしれません。だからこそそれは、
宇宙の真空の沈黙にまでつながっています。
その海鳴りのような魂のざわめきの中に1人のあなたがいます。
そして私もいます。詩の言葉は私の中から生まれるのではなく、
私を通って生まれてくるのです。
それは私の言葉ではありますが、
私だけの言葉ではなく、あなたのことばでもあるのです。
私にとってインスピレーションをもつとは、
見知らぬあなたの、言葉にならぬ魂のきしみに耳をすまそうとすること
だと言えるかもしれません。
自分にその能力があるかどうかを、絶え間なく疑いながらも。
(谷川俊太郎詩選集より)


地球の底から、「わたし」という体をとおってうまれてくる。
なんとも形容しがたい不思議で絶妙な表現。
芸術とは多くの人間のたましいのざわめきから生まれる、呼応する感情なのだろうか。











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