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空中庭園 作:角田光代

郊外に住む京橋家は秘密を作らない事を家族の約束としている。しかしその生活には至る所に秘密の影が潜む。そしてストーリーが進むにつれその影の 深さが表面化しはじめる。 六人の視点から描き出される家族の中の「自分」 とその関係性。マナ、コウ、パパ、ママの四人家族、更に祖母、パパの愛人ミーナ、六つの視点から全く 異なる価値観で家族という狭間で揺れ動く人々。

6者6様全く異なった家族感、信頼感、責任感を持っている 事が浮き彫りになり始める序盤から既に京橋家の家族としての 違和感を読者は感じ始めるだろう。南向きのドアがある郊外のダンチ に住み絵に描いたような幸せな家族、全員違和感を感じているのに 心のドアは”逆オートロック”状態。全員がアンバランスで 身勝手な態度の中で家族を維持し、良い家族を振舞おうと してゆく様は徐々に異様な雰囲気を醸し出し始める。 連作小説の場合、各々の視点からの家族像がどれだけリアルで あるかが最大の焦点であるように思う。その点角田光代の文章は 引き締まっていなくて上手い。ふわふわしている。 文章自体に角田特有の淡いイメージと軽さがあって、アンニュイで悲哀な感じをそこで受け取る事できる。


10月に公開予定だった映画「空中庭園」。監督豊田が覚せい剤所持 で8月逮捕。公開延期される可能性もあるだとか。なんか、悲しいかな逮捕するのは勿論そうだが映画は別にいいでしょうと思う。

豊田監督のその他の作品「9ソウルズ」「青い春」「アンチェイン」





アインシュタイン

「わたしは天才ではありません。ただ、人より長くひとつのこととつき合ってきただけです。わたしには、特殊な才能はありません。ただ、熱狂的な好奇心があるだけです。わたしにはよいアイデアが浮かびますが、他の人もそうです。ただ、わたしの場合、幸運だったのは、そのアイデアが受け入れられたということです。わたしは、自然について少しは理解していますが、人間についてはほとんどまったく理解してません。相対性理論では、あらゆる点に時計があると想定しましたが現実においては、わたしは自分の部屋に時計ひとつ取り付けることにも苦労します。わたしは、1日100回は、自分に言い聞かせます。わたしの精神的ならびに物質的生活は、他者の労働の上に成り立っているということを。

「わたしたちが体験しうる最も美しいものとは、神秘です。これが真の芸術と科学の源となります。これを知らず、もはや不思議に思ったり、驚きを感じたりできなくなった者は、死んだも同然です。わたしたちは、好奇心に満ちた子どものようになってしまいます。この偉大なる神秘、わたしたちが生まれてきたこの世界の前では。大切なのは、疑問をもち続けること。神聖な好奇心を失ってはいけない。好奇心は、それ自体に存在理由があります。永遠や人生や実在の不思議な構造といった神秘についてよく考えてみるなら、畏敬の念をもたずにはいられないでしょう。毎日、この神秘を少しでも理解しようとするだけで十分です。

科学の全体は、日常的な思考の精錬にほかならない。思考とは、それ自体が目的である。音楽もそうです。空間とは、物事の単なる背景ではなく、それそのものが自律的な構造をもっているのです。もし、この宇宙からすべての物質が消減したら、時間と空間のみが残ると、かつては信じられていました。しかし、相対性理論によれば、時間と空間も、物質とともに消滅するのです。熱いスト-ブに1分間手を載せて見てください。まるで1時間ぐらいに感じられるでしょう。ところが、かわいい女の子と一緒に1時間座っていても、1分ぐらいにしか感じられません。それが、相対性というものです。

数学がしばしば他の科学を超えて特別に尊重される理由のひとつは、その法則が絶対的に正確で明白であるということだ。いっぽう、他の科学は、ある程度議論の余地はあるし、常に、新しい発見によって覆される危険にさらされている。数学の法則を現実に当てはめるならば、それは不確かなものになる。数学の法則が確かであるならば、それは現実に当てはまらない。数学は確かによくできている。しかし、自然は常にわたしたちの鼻をつかんで引きずり回す。物理学が求めているのは、観察された個々の事実を結びつけるための、最も単純な思考システム。すべての物理学の理論は、数式は別にして、「子どもでさえ理解できるように」簡単に説明すべきである。

肉体と精神はふたつの異なるものではない。同じことをふたつの異なる形で知覚するというだけのことだ。同様に、物理学と心理学も、われわれの体験を系統的な思考によって結合させようとするふたつの異なる試みに過ぎない。結果というものにたどり着けるのは、偏執狂だけである。目の見えない虫は、球の表面を這っているとき、自分が通ってきた道筋が曲がっていることに気づかない。わたしがそれを発見できたのは幸運だった。この世界を、個人的な願望を実現する場とせず、感嘆し、求め、観察する自由な存在としてそこに向かい合うとき、われわれは芸術と科学の領域に入る。

わたしは、あまり人づきあいしませんし、家庭的でもありません。わたしは平穏に暮らしたい。わたしが知りたいのは、神がどうやってこの世界を創造したかということです。ほたしは、あれやこれやの現象だの、元素のスペクトルだのに興味はありません。わたしが知りたいのは神の思考であって、その他のことは、些末なことなのです。わたしたちは、いつか、今より少しは物事を知ってるようになるかもしれない。しかし、自然の真の本質を知ることは永久にないだろう。

わたしは誰にも何も求めないので幸せでいられます。お金もどうでもいい。勲章も、肩書も、名誉も、わたしには何の意味もありません。賞賛もほしくありません。わたしに喜びをもたらすただひとつのものは、仕事、バイオリン、ヨットを別にすれば、ともに働いた人々への感謝だけです。もし、わたしが物理学者にならなかったら、おそらく音楽家にっていたでしょう。わたしはよく音楽のようなものを考えます。音楽のように白昼夢を見ます。音楽用語で人生を理解します。わたしは音楽から人生のほとんどの喜びを得ています。

わたしは今、孤独の中に生きています。若者には苦痛だが、成熟した人間にとっては、甘美な孤独の中に。ベルリンでも、何も変わりがありませんでした。その前のスイスでも。人は、生まれつき孤独なのです。


岸本英夫文学博士

「世界を忘れ、人間を忘れ、時間を忘れたかのような境地に没入する時、人間の心の底には、豊かな深い特殊な体験が開けてくる。永遠感とも超絶感とも、あるいはまた絶対感ともいうべきものである。この輝かし体験が心に遍満する時、時のひとつひとつの刻みの中に永遠が感得される。」



池田大作

「”負けない”ことだ。”自分が強くなる”ことだ。幸福は誰かが与えてくれるものではない。自分が強くなった分しか、幸福はない。全部自分がどうか、だ。自分で自分の人生をどのようにでも決定していけるのだ。人に頼る根性、人に責任を押し付ける卑しさ、弱さであってはならない。人を恨み、うらやみ、わびしい自分であっては、雲におおわれた太陽の自分だ。どんな悩みがあってもそれをバネにし、じっと我慢し、こらえて、今に見ろと自分を励まして進むのだ。行くべき自分の軌道を、黙々と、忍耐強く進んでいくのだ。君が太陽なのです。あなたが太陽なのです。まず、そう決める事だ。自分が太陽である限り、今どんな悩みがあろうとも、「朝」がこないわけがない、「快晴」の日がこないわけがない。「春」がこないわけがないのです。」



ノーベル賞学者利根川進教授の人間の心について

物理学的観点から

人間の体は何で出来ているのか?髪の毛から爪の先まで約60兆から70兆の細胞から出来ています。細胞は分子から分子は原子から原子は素粒子から素粒子は量子からできている。でも量子の実態とはなにか?簡単に言えば、紐のようなもので、その紐がゆれている、つまり人間の体は振動で出来ているといっても過言ではないのです。

すべての生命、動物も植物も人間もそして宇宙さえもその根本となる紐から波を発しています。人間から出ている波も一人一人異なる。人間の場合は脳から出る波が一番強い、つまり脳波ですが、宇宙の波動は最も良い波動であり、それをアメリカの科学者ウエインストック博士が発明したMRA(共鳴装置)という機会で測定すると7.5ヘルツという数字がでます。では、この波動を人間の脳波に相当させるとどのような常態であるのか?それはアルファー波とシーター波の中間状態です。アルファー波はウトウトしている状態、まどろんでいる気持ちのよい状態。シーター波は絶好調の状態、気分爽快という状態。つまり絶好調だけれども少々抑え気味でウトウトしているけれど目がさめている状態が7.5ヘルツの状態です。これが人間にとって最高の状態というわけですが、7.5ヘルツの人間とはいったい誰なのでしょうか?それは、赤ちゃんです。赤ちゃんは嘆いたり、悲しんだり、うらんだり、根に持ったりする事がないのでいつも一定の7.5ヘルツで生きているのです。目がきれい、肌も張りがある、成長が早い、赤ちゃんは存在そのものが最高の生命状態なので、全てのものを受け入れやすい状態にあります。ここで重要なのはこの最高の状態に大人になってしまった人がなれるのかどうか、なることができます。それは二つの事を意図的に実践する事です。

1.楽しい事を思い出す作業

これをいつもいつも心がけていると芋づる式に楽しい事が次から次へとわかってくる。何気なく生きてきたことが実はとても幸せだった事に気がつきます。「もしかしたらこれは本当はもの凄く幸福な事だったのではないか」「よかったな」と思える。例えばです、自分の家の隣に意地悪婆さんがいたとします。いつもいろいろとからんでくる。でももしかしたらそれで自分が成長させてもらえる、得をしていると思えたら7.5ヘルツの世界へ入ってくるのです。

2.未来に対してイメージをはっきり、鮮明に、具体的に持つ事

例えば、寿命ならいつかお迎えがくるんじゃないかと思ったら駄目で、意識的、計画的に脳に命令をして決める癖をつけるのです。実際、金さん銀さんは二人が30歳の時に100歳まで生きると決めました。だからその間病気になっても自分を疑わなかった。私は生きるという意志を持ったからです。ですからいつになったら直るんだろうという思いではずっと治らないのです。具体的に治る日にちを決めてしまう。実現していない事を自分でイメージしてしまう。するとそうなっていく。

7.5ヘルツの世界に入って行く為にはいいことをどんどん思い出す作業と未来をきちんと具体的にイメージする、この二つがどうしても必要になってくるのです。



澤高久敬博士「環境と生物の考察」からの抜粋

「ひとはともすれば一定不変の環境を考えそこへすべての生物は置かれていると考える。しかし人間には人間の環境があり、魚には魚の、また鳥には鳥の環境がある。そうして人間各自にとって環境はそれぞれ異なるようにすべての生物には各自の環境がある。一言にして言えば、環境は無数である。生物を離れて環境自体というようなものはどこにもない。生物が生物として次第に自己を生み出してゆくように、そうしてそれによってさまざまな生物がそれぞれ自己の形を明らかにしてくるように、環境もまた次第に生物から分離して環境となるとともに、それぞれの生物に対応するさまざまな環境として自己を示してくるのである。」






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